デス・オーバチュア
第229話「黒き葬送の炎」



解放された光の奔流によって水龍が内側から弾け飛んだ。
森を埋め尽くすように降り注ぐ光と水。
「輝き叫べ、神魔(しんま)の拳! 打ち砕け、あたしのシルヴァーナ(銀光)! 舞い上がれ、あたしの中のセレスティナ(神の鼓動)!」
光と水を貫くようにして、赤と銀の入り混じった閃光が飛び出してきた。
「神に逢ったら神を滅し、魔に逢ったら魔を滅す、故に我が前に敵は無し! 我が拳に滅せぬもの無し!」
銀色に輝く壮麗な籠手『神魔甲』を装備したクロスがセシアへと駈けていく。
「ほう、凄まじい力じゃのう」
セシアが指を鳴らすと、クロスの進む先に大量の水が噴き出し、何重もの水の障壁が生まれた。
「あたしの前に立ちはだかる壁があるのなら……全てぶち破るのみ!」
神魔滅殺の銀光を全身に纏いながらクロスが水壁を貫いてセシアに迫る。
「天上天下唯我独尊! 神魔滅殺拳(しんまめっさつけん)!」
「ふふん」
銀光を集束させたクロスの右拳と、無造作に突きだされたセシアの左掌が激突した。
二人の拳と掌が押し合うように拮抗し、放出される銀光と水色の光が互いの領域を浸食しようと荒れ狂う。
「神も魔も打ち滅ぼす銀の拳か……なかなかのものじゃが……この程度では闘神の拳にも堕神の拳にも及ばぬわっ!」
「うううっ……?」
セシアが気合いを込めると、少しずつクロスの拳が押し返されていった。
「くうう……ああああぁぁっ!」
負けるかとばかりにクロスは気勢を上げて、再びセシアの左掌を押していく。
「ふふん、真っ正直じゃのう……」
セシアは不意に左掌から力を抜く。
「えっ?」
「時には引くことも大事じゃ……ぞっ!」
左手の掌を一気に押しやられ……いや、自ら引き戻し、代わりに右掌をクロスの左胸にめり込ませた。
「う……ぐぅ!?」
クロスは吹き飛んだりせず、吐血してその場に片膝をつく。
「解るか? 今の一撃の威力は、殆ど自ら飛び込んできたお主のものじゃぞ」
「か……あ……ぐふっ!」
セシアは、己の足下で蹲って吐血を繰り返すクロスを見下した。
「そして、外面はエナジーで強化できても、内面はお主も普通の人間と変わらぬ」
「……な……内面?……がはっ! ぐふぅ……」
吐血は治まらず、喋ることもままならない。
「妾の水紋(すいもん)は、エナジーのコーティングも、鍛え上げられた肉体も擦り抜けて、貴様の内部だけを破壊する……力とは荒々しく激しいものだけではない……」
「水紋……水の波紋……?」
「その通りじゃ、こんな風にな……水紋掌(すいもんしょう)!」
セシアの右掌がクロスの額に軽くポンと叩きつけられた。
耳、鼻、目……顔の全ての穴から突然大量の血が噴き出す。
「あ、や……あああああああああっ!?」
クロスは訳も解らぬまま、両手で顔を覆い隠した。
「確かに恐ろしく凄惨でありながら、同時に間抜けな今の顔を他人には見せたくないか……反射的な行動であろうが……良いのか? 両手を塞いでしまって……」
「……あっ!」
「水月ががらあきじゃ! 息奪掌(いだつしょう)!」
「がふうぅ!?」
セシアはクロスの鳩尾に右掌を叩き込む。
「ついでに丹田も頂くぞ、散靱掌(さんじんしょう)!」
さらにセシアは、丹田(へその下のあたり)に左掌を打ち込んだ。
クロスは言葉を発することができず、無言で体をビクンっと痙攣させる。
「苦しいか? まだ呼吸と気の流れを断っただけじゃぞ?」
「…………」
「正確には、呼吸ができず、全身の気の流れが乱れ、ついでに全身の靱帯がボロボロになったぐらいかのう?」
大したことはあるまいといった感じで言った。
「……く……う……」
クロスは抗議したいようだが、呼吸困難と止まらない吐血でそれどころではない。
「言っておくが、破壊はこれからじゃぞ……破水掌(はすいしょう)!」
セシアの突きだした両手がクロスの腹部に直撃した。
「安心せい、お主の美しい肌には傷一つ付けぬ……」
「あ……あぁ……」
見た目にはクロスには何の損傷もない。
だが、実際には体内に打ち込まれた二つの水紋……波紋の衝撃がぶつかり合い、荒れ狂い、クロスの体内を蹂躙し尽くしていた。
「ふむ、静謐な美しさというものは……どうも見た目地味すぎていかんな」
「……っ!?」
セシアは今度はクロスの両胸に破水掌を当てる。
先程と同等……いや、先程以上の衝撃がクロスの体内で駆け巡った。
「やはり最後は派手に極めるとしよう……翔ぶがよいっ!」
クロスの首を右手で掴むと、彼女を空高く放り上げる。
「見るがよい、水龍の極みを……」
水色のストールを白金の長槍に変えると、大地に突き立てた。
長槍が突き刺さった大地を中心に全方位に爆流の如き水が噴き出す。
「四方、四維、天地、日月……十二天盡(ことごと)く死に果てよ、天禍・水龍慘盡(てんか・すいりゅうざんじん)!!!」
爆流は十二匹の水龍と化すと、十二方位から一斉にクロスへ喰らいついた。



十二の水龍はクロスごと互いに喰らいつき、全匹同時に弾けるように消し飛んだ。
水龍達を形成していた大量の水が、雨として森に降り注ぐ。
「……結局、我が槍術の冴えを見せてやる機会がなかったのう……」
白金の長槍が水色のストールに変じ、セシアの首に巻き付いた。
「まあ、所詮はこの程度か……それでも、思いの外愉しめ……」
セシアの呟きを遮るように、銀色の光が彼女の足下を吹き飛ばす。
「くっ……」
衝撃と風圧で浮かび上がったセシアに、銀光が豪雨のように降り注いだ。
セシアは銀雨の隙間をぬうように宙を舞い、かわしきれない銀光は水色に輝く右手と左手で弾き飛ばす。
「魔力のあ……めっ!?」
一つの銀光を弾こうとしたセシアの右手が、予想外の力で打ち伏せられた。
石でできたような大剣が右手を串刺しにして、大地に突き刺さっている。
「なんじゃ……と……?」
セシアは、遙か上空に浮かぶ『敵』の姿をようやく目撃した。
空の彼方に浮かぶは銀髪の魔女……いや、あれは本当にさっきまで戦っていた魔女と同じ人物なのだろうか……纏う空気が違うし……何より、彼女はあんな血のように赤い瞳をしていたか?
「…………」
赤い瞳の魔女の周囲に、黒い空間の歪みのような穴が次々に増えていった。
おそらく銀光(魔力)の発射口なのだろう。
全ての魔力の発射口……『砲門』に銀色の輝きが宿り出した。
砲門の数は、彼女の姿を覆い隠してしまう程に増殖している。
「……斉!」
全ての砲門から一斉に銀光が解き放たれた。
「か……くっ?」
セシアは何かの術を使おうとするが、右手を串刺しにしている石の大剣に力が吸われてしまい、発動に失敗する。
銀の豪雨が情け容赦なくセシアに降り注ぎ、爆発が彼女の姿を呑み込んだ。
「…………」
赤い瞳の魔女は、セシアの姿が爆発と爆煙で見えなくなっても、構わずに爆発の中に銀光の豪雨を注ぎ(撃ち)続ける。
「…………?」
約一分間後、赤い瞳の魔女は不審の表情を浮かべて射撃をやめた。
「……水!」
「……!」
「流!」
背後から声が響く。
「斬陣!」
振り返った赤い瞳の魔女に、無数の巨大な『水刃』が襲いかかった。



水流斬陣(すいりゅうざんじん)……それは同じ名前の最初に見せた水技『水流斬刃(巨大な水刃)』が同時にいくつも振るわれたような現象である。
斬り捨てる一太刀が、数を増やすことで『水網(みずあみ)』となって獲物に降り注いだ。
網といっても、斬り捨てる水刃で編まれている以上、獲物には細切れになる運命しか待っていない。
捕縛ではなく『捕殺』……捕まえた瞬間、相手を確実に殺すためのモノだった。
「まったく、いきなり『代わる』でないわ……」
水網を投擲した人物が、赤い瞳の魔女が居た場所より後方に浮いている。
銀雨の爆発の中に居たはずのセシアだ。
彼女の右手は肘から先が綺麗に無くなっている。
セシアは石の大剣の戒めから逃れるために、文字通り右手を『切り捨てた』のだ。
「随分と……思いっきりがいいのね、貴方……」
水網に捕殺されたはずの赤い瞳の魔女の声が応える。
「ふん、所詮はこの世界用の仮初めの肉体じゃ……惜しくはない……」
「仮初めね……」
赤い瞳の魔女は、水網……水流斬陣の直撃を受けながら、無傷で健在だった。
彼女を黒い極光の幕が球状に包み込んでいる。
いや、黒い極光はよく見えると、何億、何十億といった『黒の呪い文字』で編み上げられていた。
空間に立体的な魔砲陣(まほうじん)を描き出し、呪い文字をエナジーバリアのように展開する……赤い瞳の魔女の正体は、クロスの内に眠る白銀の亡霊シルヴァーナである。
「それにのう……ふっ!」
セシアが、肘から先の無くなった右腕を眼前に持ってきて軽く気合いを入れると、切断面から水が噴き出した。
噴き出した水は手の形を取り、水の手は現実の肉の手……セシアの右手として『定着』する。
「この程度なら、軽く弾みをつけるだけで再生できるから無問題じゃ」
水の妖精姫は悪戯っぽく笑って言った。
「なるほど……躰は水でできている……動力であるエナジーと材料である水さえあれば、いくらでも再生できるわけか……」
シルヴァーナは的確にセシアの本質を見抜いていた。
目の前にいるのは人間でもなければ、この世界の生命体ですらない。
妖精というエネルギー体、あるいは精神体が、布と綿でできた人形という器から、水の人形(ひとがた)に器を移した……ただそれだけのことだ。
「そういうことじゃ……妾を確実に滅したければ、一撃で跡形もなく吹き飛ばすのじゃな」
セシアの周囲に大量の水が生まれ、取り巻くように舞い踊る。
「ふっ!」
無造作に右手が振られると、彼女を取り巻いていた水が解き放たれ、無数の水刃と化して、シルヴァーナに斬りかかった。
しかし、全ての水の刃は、シルヴァーナを包み込む黒い極光に触れた瞬間、跡形もなく消滅する。
「ふん、やはり駄目か……水が全て穢れ、腐り果て、そして消え去る……人とは思えぬ禍々しさ……いや、人だからこその禍々しさか?」
自らの攻撃を容易く防がれたというのに、セシアはなぜかとても愉しげだった。
「…………」
シルヴァーナは無言で右手の二本の指(人差し指と中指)をセシアに向ける。
次の瞬間、指先から爆発的な勢いで銀光が撃ちだされた。
「ふふん」
セシアが左手を突きだすと、彼女の姿を完全に覆い隠す巨大な水壁(すいへき)が形成される。
銀光が接触すると、水壁が一瞬で跡形もなく消し飛んだ。
だが、消し飛んだ水壁の向こう側にはセシアの姿はすでにない。
「……逃がさない!」
シルヴァーナの周囲に無数の砲門が生まれ、彼女の上空に向かって一斉に銀光を放った。
銀光の進む先にはセシアの姿があり、巻き起こった銀光の爆発が彼女を呑み込む。
「やるのう」
セシアの姿は、銀光の爆発の起こっている反対側の空間にあった。
そちらをシルヴァーナが振り向くまでもなく、無数の砲門から銀光がセシアを狙って撃ち出される。
「ふふん、文字通り死角無しの立体魔砲陣か……大したものじゃ」
セシアは舞うように宙を飛び回り、銀光の襲撃から逃れ続けていた。
砲門はシルヴァーナの目視を必要とせず、自動で発射される。
さらに、砲門は前方、後方、上下、左右、全ての方向を埋め尽くすように浮遊していて、射撃不可能な死角というものは存在していなかった。
「だが、宙に浮いたままでは、『補給』はできまい?」
どんな存在だろうと、魔力……エナジーは無限ではなく有限、使い続ければ何れは尽きる。
それまで、銀光の射撃をこうしてかわし続けていればいいのだ。
「残念ね、あたくしの魔力は限りなく無限よ」
「なっ!?」
突然、銀光の一つ一つの『出力』が三倍以上に跳ね上がる。
「くぅっ!?」
いきなりの速度とサイズの変化に、かわしそこねた銀光を、セシアは辛うじて右掌で弾き返した。
「……地上全てのエナジー……貴方に受けきれるかしらね?」
シルヴァーナは、さらに出力を増加させた銀光をセシアへと集中砲火する。
「ちぃぃっ!」
回避は不可能と判断したセシアは、前方に水色のストールを投げつけた。
ストールは巨大な水壁へと転じ、銀光の集中砲火が水壁に降り注ぐ。
「無駄よ……」
水壁が銀光の集中砲火に耐えられたのはほんの一瞬だけだった。
銀光は跡形もなく水壁を破壊すると、そのままセシアへと迫る。
「なんと!?」
ストールを媒介にした水壁は、普通に水だけで作った水壁とは段違いの防御力を持っていた。
にも関わらず、こうも容易く破壊されるとは……完全に予想外である。
セシアは銀光の集中砲火を浴びて、爆発の中に消し飛んだ。



「これも……大地の女神(セレスティナ)の恩恵ね……」
シルヴァーナは大地へと降り立った。
彼女の眼前には、大地に突き立っている石の大剣がある。
大剣が串刺しにしていたはずのセシアの右腕は存在せず、代わりのように小さな水溜まりが大剣の周りにできていた。
「大地の剣(アースブレイド)とあたくし達は繋がっている……故に、大地の剣が大地に突き刺さった瞬間から、あたくし達と大地は同一のモノとなる……」
シルヴァーナは大剣を引き抜くと、手品のように掻き消す。
「繋がっているというより、あたくし達が大地の剣で、大地の剣があたくし達……と言うべきかしら?」
神剣アースブレイドとは、クロスの一番最初の前世である大地の女神セレスティナのことだ。
セレスティナが人間に転生した際に、剣という形としてのアースブレイドはこの世から消滅している。
シルヴァーナが出現させて使用したアースブレイドは、あくまで大地の剣(セレスティナ)の力を物質化させた仮初めの存在だ。
「なるほどのう……流石の妾も、大地全ては相手にできぬ……妾という水(存在)も土(広大な大地)に吸い尽くされて消え失うるのみ……」
「……しぶとい……」
呆れたように、面倒臭そうに、シルヴァーナは嘆息する。
背後を確認するまでもなかった。
シルヴァーナの背後に、何の変わりもないセシアが立っている。
「言ったであろう? 一撃で跡形もなく吹き飛ばせと……肉片……いや、水滴一つでも残っておれば、肉体の再構築は可能じゃ」
背後から聞こえてくるセシアの声はどこか誇らしげだった。
「……そう、解ったわ……」
シルヴァーナはゆっくりと振り返ると、左手を横に突き出した。
左掌の前面に黒い極光で構成された巨大な球体が出現し、シルヴァーナはその中に左手を突っ込む。
「なんじゃ?」
「さよなら」
呟きの直後、シルヴァーナの姿はセシアの向こう側にあった。
その左手には、深く暗い輝きを放つ黒一色の剣が握られている。
「なっ……」
「葬炎舞(そうえんぶ)……」
「……あ……あああああああああああああああああぁぁぁぁっ!?」
セシアの腹部に黒い閃光(線)が走ったかと思うと、深く暗い輝きを放つ黒炎が彼女の全身を包み込んだ。
「水滴一つ残らず燃え尽きろ……いや、呪い殺されよ」
「なああ……なんじゃ、この炎は……妾の存在が……掻き消される……うううううううううっ……がゃあああああああっ!?」
黒炎……黒き呪いの炎で全身火達磨になったセシアは、己が体を掻きむしってもがく。
「黒き呪炎(じゅえん)は貴方の存在を許さない……存在そのものを完全に灼き尽くされるまで……苦しみ、もがき……狂い死ね……」
シルヴァーナは何の感情も浮かんでいない冷徹な瞳で、ゆっくりと灼き尽くされていくセシアを見つめていた。







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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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